松本城
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松本城は戦国時代の永正年間初めに造られた深志城が始まりです。この頃、松本の地を治めていた信濃守護小笠原氏は、松本平の中心にあった井川から館を移し、東の山麓に林城を構えてその拠点としました。そして林城を取り囲むように支城を構えて守りを固めました。深志城も、林城の前面を固めるために造られた城のひとつでした。その後、甲斐の武田信玄が小笠原長時を追い、深志城を信濃支配の拠点とし、城の整備を行いました。天正10(1582)年、本能寺の変による動乱の虚に乗じて、小笠原貞慶は深志城を回復し、名を松本城と改めました。
天守閣内の模様です
せっかくなので国宝松本城天守閣へ入ってみることにした。
400年前の建物は素晴らしく年季が入っており、古き良きものを見させてもらいました。 |
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国宝に指定された天守閣
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天守閣入口には石段が・・・
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はしごのような階段が折り重なる
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こんな展示品がありました
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火縄銃も展示されていた
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この階段も角度が急勾配です
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もっとたくさんの画像を撮影したかったのですが、あいにく団体客と一緒になってしまい、城内が人であふれていましたので、あまり撮影ができませんでした。立ち止まっていると人に押されてしまうほど狭いのです。
次回は、もっと空いているときに行って詳細な画像を撮影して来ようと思います。
天気も晴れの日でないと天守から北アルプスが見えないので、天気もいい日を選らんで松本城を訪れたい。 |
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天守から見た風景 曇り(>_<)
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天守築造
豊臣秀吉は天正18年(1590)に小田原城に北条氏直を下し天下を統一すると、徳川家康を関東に移封しました。この時松本城主小笠原秀政が家康に従って下総へ移ると、秀吉は石川数正を松本城に封じました。数正・康長父子は、城と城下町の経営に力を尽くし、康長の代には天守三棟はじめ、御殿・太鼓門・黒門・櫓・塀などを造り、本丸・二の丸を固め三の丸に武士を集め、また城下町の整備をすすめ、近世城郭としての松本城の基礎を固めました。天守の築造年代は、康長の文禄2年から3年(1593〜4)と考えられています。 |
松本城夜桜会のスナップ
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桜の開花から約一週間の間は、「国宝松本城夜桜会」と称し松本城の桜がライトアップされます。
全国各地で行われているようなお花見のようなドンチャン騒ぎはできませんが、野立てやコンサートなどが催されて厳かな雰囲気で桜の鑑賞ができます。 |
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これは、雪の積もった松本城の夜景です。
かなり貴重な画像です。
積雪のあった日の夜9:00頃に行って撮影しました。
建造物なのに神秘的な雰囲気が漂っていました。
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城下町松本のクロネコヤマトの送り状には、松本城と上高地の写真がプリントされているのだ。
届いた先の人はかなり嬉しいと思います。
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